媒体名 日経情報ストラテジー
発行日 2003年07月号
タイトル 人手を増やさず確実に
サブタイトル ITで「接客力」を高める タッチパネル、ICカードをフル活用
本文

スーパーや飲食店、タクシー、ホテルといった小売りやサービス業の最前線で、
先進的なIT(情報技術)を活用して接客力を高める工夫が相次いでいる。
人手を増やすことなく、接客の「質」を上げることに成功している。

1 サミット(食品スーパー)

正確な価格表示で信用向上

 東京都練馬区の住宅地にある食品スーパー「サミット」大泉学園店。一見するとごく普通のスーパーだが、売り場の陳列棚を見ると、あることに気づく。商品の売価を示す値札(棚札)が、全て液晶デジタル表示になっているのだ。

 売り場の棚札は、液晶表示部と赤外線受光部で構成される。店舗の天井には、赤外線の発信機が20個程度埋め込まれている。

 発信機はLANを通じて、商品の価格情報を管理するストア・コントローラーとつながっている。ストア・コントローラーで価格を変更すると、そのデータが発信機から赤外線で棚札に向けて送信され、最短数秒で液晶表示が更新される。ストア・コントローラーはPOS(販売時点情報管理)レジとも接続されているため、棚札とレジの価格は必ず一致するのが特徴だ。

 こうした「電子棚札」は、数年前から登場しているが、最近食品スーパーを中心に導入が急増している。イトーヨーカ堂やマルエツなど大手の採用も目立つ。国内で導入されている電子棚札のほとんどは、イシダ(本社京都市)と寺岡精工(本社東京)が輸入販売する製品。両社の納入店数の合計で約200店に達する。

少なくない売価間違い

 積極派の代表格が、東京都を中心に72店の食品スーパーを展開するサミット(本社東京)だ。1999年という早い時期に高井戸東店で採用したのを皮切りに、すでに17店で導入済み。今後も、新店や既存店の改装の際に導入を拡大していく考えだ。

 電子棚札の狙いは、正確な売価表示の徹底にある。実は、食品スーパーでは「売価間違い」が少なくない。サミットでも実際に調べたところ、1店当たり6000〜8000品目ある対象商品(精肉や総菜などを除く)のうち3〜4%で、棚の表示価格とPOSレジの価格が食い違う売価間違いが見つかった。

 それはどんな結果をもたらすのか。顧客がレジで精算する際、代金が値札よりも高ければ、だまされたという不信感を持つはずだ。実際、これによるクレームが1店当たり1日に数件程度発生していた。これが重なれば、顧客の足は遠のく。

 もちろん、売価間違いの9割は、値札よりも安い代金を請求したケースが占める。ただ、「得をした」と喜んだ顧客も、「次は高く買わされるかもしれないと思うはず。売価間違いは店の信用に大きくかかわる」(店舗サポート部の高橋千次マネジャー)。

 なぜ売価間違いは発生するのか。日本のスーパーでは、同じ商品でも「特売」のために月や日ごとに売価がこまめに変わる。サミットでは、1000品目程度がこうした特売品だ。

 特売品は、期間が終われば元の価格に戻す。そのためにはPOSレジの価格設定を戻すとともに、新しい価格と値札を一致させなくてはならない。

 サミットでは、毎日60〜90分を費やして手作業で価格を照合しているが、それでもミスが生じていた。

基本的なサービスを実現

 値札通りの価格で販売するのは、小売業にとって基本中の基本。しかし、膨大なアイテム数を扱い、特売による価格変更が常態化しているなかで、なかなか徹底できていないのが実態である。丁寧な応対や詳細な商品情報の提供もさることながら、基本的なサービスを実現できなければ、「接客力」の向上はおぼつかない。

 そこでサミットが注目したのが、電子棚札である。IT(情報技術)によって、正確な価格で販売する「接客力」の質を高めようというのが狙いだ。

 「お客様の信用を重視するトップの信念で導入を進めている」(高橋マネジャー)。実際、電子棚札の導入店では、売価に対するクレームは、電子棚札の対象商品については皆無になった。

 もちろん、実利もある。これまで売価間違いによって生じていた月20万〜30万円の損失が、ほぼゼロになった。さらに、前述した価格の照合作業も、電子棚札に付ける紙のPOP(店頭販促広告)だけをチェックすれば済むため、1日15〜20分に短縮できた。「店員の負担が軽減されれば、本来の接客に力を注げる」(同)というメリットもある。

 電子棚札の導入費用は規模などで大きく変動するが、棚札1個当たり2000円程度(サーバーや発信機などの費用を含む)が目安と言われる。サミットの場合、1店当たりの投資額は1500万円前後と見られる。

 電子棚札を販売するイシダによると、このシステムは欧州で普及しているが、米国では少ないという。というのも、「エブリデー・ロープライス(EDLP=毎日安売り)」が浸透しているため、売価変更が少ないからだ。

EDLPにおいても不可欠な道具

 米ウォルマート・ストアーズの進出などで、日本でも今後EDLPが広がる可能性がある。サミットもEDLPに積極的で、半年間といった長期間値引きする商品が、すでに1店当たり1000品目程度ある。

 しかし、これで電子棚札の必要性が薄れるとは考えていない。「EDLP商品にはPOPを付けているが、自然に外れることが多い。それでも、電子棚札なら価格以外に『お買得品』といった文字を表示するので、お客様に見落としがない。それに、EDLP以外の特売品が依然として多い」(高橋マネジャー)からだ。

サミット大泉学園店の売り場。1万枚近い電子棚札が稼働し、青果や加工食品、日用品など多くの商品の価格表示が電子化されている

電子棚札システムの仕組み。レジと棚札の価格が完全に一致する

電子棚札を導入している主な企業

2 くらコーポレーション(回転ずし店)

タッチパネルで簡単に注文

 東京都足立区の幹線道路沿いにある「無添むてんくら寿司」足立江北店の店内は、普通の回転ずし店とは趣を異にする。回転レーンの中に職人がすしを作るスペースはなく、店員の姿もまばら。その代わり、レーン上部には、カウンターの2席に1席の割合で液晶タッチパネルが並んでいる。顧客はここに手を伸ばして、何やら操作をしている。

 この「タッチで注文」の画面には、マグロやエビなどのすしの写真が表示されている。顧客は好きなすしを選び、個数やわさびの有無をタッチすれば即座に注文できる。

 注文内容は瞬時に厨房内のタッチパネルに表示される。店員はすしを作って皿に乗せ、さらに「ご注文品」と書かれた赤いお椀に乗せてレーンに流すとともに、「確認」をタッチ。すると顧客側の画面には、アラーム音とともに「注文を流しました」と表示が出る。その後、顧客は流れてきたすしを自分で受け取る。注文から受け取りまでは3〜4分程度だ。

 この店では、レーン上を流れていない商品は、みそ汁なども含め、すべてタッチパネルで注文する仕組みだ。

 食べ終わった皿は、レーン下の回収口に入れる。センサーで数えられた皿の枚数も画面に表示。食事が終わったら画面の「おあいそ」に触れる。ここで初めて店員が来て、顧客に伝票を渡す。

 くらコーポレーションでは、この仕組みを昨年11月に開店した足立江北店に初めて導入。「注文が大幅に増えた」といった効果があったため、今では全74店のうち13店に導入済みだ。

注文数が3倍に急増

 従来の店でも、店員が注文を直接取らない点は同じだが、各席にはタッチパネルの代わりにインターホンがあり、これを通じて注文する。「インターホンではどうしても聞き間違いが出てしまう」(足立江北店の平田裕充店長)こともあり、注文通りにすしが届かないことが繁忙時で1時間に約10件あった。これが、新システム導入で1件以下になった。

 さらに、インターホンの場合、ある顧客の注文を受けている間、別の注文を受けられない。このため、1日2000件程度の受注が限界だった。これを自動化したことで、注文数は5000〜6000件に増えた。さらに、インターホンに出る手間が省ける分、店員はすし作りに専念できる。

 「土日には1日10件程度、タッチパネルの使い方が分からないという問い合わせがあるのは事実。一方で、操作する面白さが子供には受けており、競合店に対する差異化にもなっている」(同)。

 注文数が激増することによる問題もある。注文による売り上げの比率は、従来店で15%程度だったのが、タッチパネルの導入店では30%にまで上がった。レーンに「ご注文品」が多く流れると、顧客は自分が注文したすしを見つけにくい。さらに、注文品以外のすしの割合が少なくなり、好きなものをレーンから取れるという回転ずしの良さが損なわれる恐れもある。

 しかし、「注文にお応えするのは当然。以前に逆戻りすることはあり得ない」(久宗裕行・業務部オープニング担当マネージャー)。今の仕組みをさらに改良。注文品に番号札を付けて流し、確実に注文品が届くようにする方針だ。

「無添くら寿司」ですしを注文してから受け取るまで

1注文するすしをタッチパネルの写真で選ぶ。わさび抜きも指定可能

33〜4分で、「ご注文品」と書いたお椀に乗ったすしがレーンに流れてくる

2注文は瞬時に厨房用の画面に表示される

3 神奈中ハイヤー

ICカードで行き先の説明不要

 神奈中ハイヤー(本社神奈川県厚木市)は、ここ10年間で約11億円のIT投資を実施してきた。売上高約79億円(2003年3月期)の同社にとっては、決して少なくない金額だ。

 神奈中が1996年にタクシー業界で初めて導入したGPS(全地球測位システム)と顧客データベースを組み合わせた配車システムは、ほかのタクシー会社に広がった。今でも他の追随を許さないのが、車内のIT武装だ。

 その1つが2002年7月から、約700台の全タクシーに搭載しているICカードの読み取り機である。同社が顧客向けに独自に発行する会員ICカード「ココデ」には、事前に自宅や近所の病院など任意の3地点の位置情報(地点名と緯度・経度)が書き込んである。これを読み取り機に差し込み、3地点の中から選べば、即座にその位置をカーナビに目的地として取り込める。カーナビは最新式で、関東全域で建物の形まで分かる詳細地図を表示できる。

 ICカードは目的地を詳しく運転手に説明しづらい高齢者の利便性向上を狙ったもので、発行枚数約1万5000枚のうち、大半を高齢者が占める。さらに、「酔っていて、自宅到着まで寝ていたいお客様にも評判がいい」(栗崎康平社長)という。

 ココデカードは、ICテレホンカードに神奈中が独自のデータを追加したもの。実費(1000円)で発行している。ICテレカを電話以外の用途で使うのは初めてだという。車内の読み取り機は、IC対応公衆電話のメーカーである田村電機製作所の製品だ。同じカードを公衆電話に差し込めば、神奈中のセンターにつながり、場所を説明しなくてもその場に配車される。こうしたICカード関連で約3億円を投じた。

先行投資で社会貢献狙う

 神奈中のIT投資の成果としては、GPS配車の導入を始めた96年度から2002年度にかけて配車件数が8割伸びた。供給が追いつかないため、昨年に約270台増車したほどだ。

 しかし、「ココデカードの導入は、高齢者などに対する社会貢献が狙い。経営上の効果はまだ出ていない」(栗崎社長)という。ただし、福祉団体から数十枚単位でまとめて申し込みがあるなど、狙い通りの反響は大きい。

 神奈中には、約16万人の非ICカード会員がいる。今年中に、会員データベースで利用頻度の高い顧客を抽出し、ココデカードを無料で配ってIC化を促す。「高齢者は上客でもある。道順の説明がおっくうで乗車をためらう、といった人にもっとタクシーを利用してもらえれば」(同)と期待する。

神奈中ハイヤーの「お送りサービス」の流れ

ICカード読み取り機

1顧客から受け取ったICカード(テレホンカード)を差し込む

カーナビモニター

3表示される目的地に従って運転(目的地に近づくと家の1つひとつが分かる詳細地図を表示)

カーナビ操作器

2ICカードに登録された目的地が表示されるので、数字キーで選択

4 ロイヤルパーク汐留タワー

パソコンで出前から精算まで

全490室に設置する「サイバーコンシェルジュ」の機能

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画面上で料金明細を承認すればフロントでの手続き不要

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